こんにちはWEB・デザインチームの山本です。
最近、特別な用事があるわけでもないのに、街を歩いていて、なぜか足が止まる瞬間がある。
看板、ポスター、店先のメニュー、窓越しに見える空間。
強く主張しているわけではないのに、気になってしまう。
以前の自分なら、そのまま通り過ぎていたはずなのに、最近は少しだけ立ち止まって眺めることが増えた。
派手さよりも「ちょうどよさ」
気になった理由を考えてみると、多くの場合、それは派手さではなかった気がする。
色数が少なかったり、
情報が整理されていたり、
無理に説明しようとしていなかったり。
逆に、「伝えたいことが多すぎるもの」や「全部見てほしいもの」は、なぜか視線が疲れてしまって記憶にもあまり残らない気がする。
目立たせることよりも、受け取りやすさのほうが人を引き留める力があるのかもしれない。
情報が多いと、安心するとは限らない
丁寧に説明されているはずなのに、読む前から少し身構えてしまうことがある。
選択肢が多すぎたり、文字がぎっしり詰まっていたりすると、「ちゃんと読まなきゃ」と思う一方で、どこかで面倒さも感じてしまう。
本当に必要な情報だけが静かに置かれている状態のほうが、気持ちよく受け取れることも多いと考える。
気になった理由を言葉にしてみる
最近は、何かに引っかかったときに「なぜ気になったんだろう」と一度考えるようにしている。
明確な答えが出なくてもいい。
「見やすかった」
「落ち着いた」
「安心した」
そんな曖昧な言葉でも十分だと思っている。
その感覚をそのまま気にしないのは、少しもったいないような気がする。
日常の中にヒントは転がっている
特別な出来事がなくても、日常の中には気づきがたくさんある。
「わかりやすかったもの」「心地よかったもの」「逆に疲れてしまった」もの。それらを少し意識して見るだけで、普段の景色は少し違って見えてくる。
最近はそんなことを考えながら、何気ない日常を眺めていこうと思います。


